タップダンスで夜を越えて

【> 突発的な短編執筆の依頼が来てしまって仕方なく残業で夜更かしする日のお二人……などはいかがでしょうか……?】

我が麗しの先生は、如何せん煽り耐性が低い。負けず嫌い、とも表現できるのだろうか。挑発には引っ掛かるしゲームでもすぐムキになる。まあ負けず嫌いだ。
「やっぱりできませんよねって言われてつい……」
「つい、で夜中に十ニ時間後が締め切りな仕事を受けるのはやめましょうよ」
ただ煽られたら半ギレで無茶な仕事を引き受けるのは、負けず嫌いというか煽り耐性が低いとした方が適切だと思う。
「私が明日お休みだから、ゆっくりしようって言った矢先にそういうことするー」
「断ったんですよ、一度は断ったんですけど、あっやっぱりできませんよねって言われたら、いや出来ないとは言ってないでしょうって、つい……」
「そういうことするー。あ、お茶いれるけどあったら飲みます?」
「飲みます……」
頂き物の茶葉を急須に入れ、お湯が沸くのを待つ。緑茶よりコーヒーがよかったかなぁ。いや私は緑茶が飲みたいから緑茶をいれる。
「それで。どんなの書くんですか?」
「文芸誌のミステリー特集で、作者が失踪した一枠を埋めてほしいとのことなので急ぎ事件を起こさないといけないんですよねぇ」
「急ぎで事件を起こされる人かわいそう」
本当に連絡がつかなくなったか書けなくなったかは知らないが、そういうことか。開いた穴をとにかく何とかしないとって連絡しまくった末、先生に辿り着いたのだろう。こんな時間までお疲れ様だがもうちょっと早く連絡してあげてほしかった。
「ミステリーって難しいですよね。実際できるんです?」
「そこはまあ、ネタのストックはあるので。時間もないですし……ギャンブル狂のクズが借金を踏み倒す為に殺人を行い、アリバイ工作をするも見破られるアホっぽいシンプルな話にしましょうかね」
「犯人像に私怨を感じる」
「ははは。何のことやら」
「まあ好評ですもんね、夢野先生のお気持ち表明シリーズ」
「え、何ですそれ」
多分またファンの間で「夢野先生はいい加減に金を返してもらえよ」って言われるんだろうな。湯冷ましにお湯を通しながら、ファンに察されるその様子を想像する。少し面白い。
「本格さはないし使い所も悩ましいネタでしたが、短編としてはちょうどよいでしょう」
「それにしても締め切り時間がえぐいんですよね」
「原稿用紙を取りに来させるのも渡しに行くのも嫌ですし、時間もないのでパソコン一発勝負でやるしかないのがまた……」
げんなりしながらも先生の右手は引っ切り無しに動いていて、手元のノートパッドには見る見る内に掘り下げられたネタが書き込まれている。犯人らしき男の名前が「帝統(仮)」とされていることにめちゃくちゃツッコミを入れたかったがやめておいた。
「こういう事態に備えて原稿用紙をスキャンするやつ買ったらいいんじゃないですか?ほら何か、本の自炊で使うやつ」
「どうしてこうなる前に言ってくれなかったんですか……」
「どうしてこんなことになってしまっているんですか?」
急須にお湯を注いでマグカップを取ってくる。適当な小皿に飴も盛って近くに置くと黙って口を開けられたので、その口に苺ーと言いながらレモン味を放り込む。ちょっとビックリしてたので私大満足。
二人分のマグカップにお茶を注いで、一個は小皿の横に置く。自分のカップに口をつけてちょっと一息。
「じゃあ、私はこれ飲んだら寝ますね」
「え?」
「え?」
心底不思議そうな顔と声が返ってきた。いや何かおかしいこと言っただろうか?二人で首を傾げ合う。
「明日休みだからゆっくりするんですよね?」
「そのつもりだったけど仕事する人がいる横でどんちゃん騒ぎするのは流石に」
「小生は構いませんよ。外からの刺激があった方が捗るタチなので」
「いや加減が難しいというか、うっかり邪魔になるかもしれないのは私が構うんですが」
「邪魔、ねぇ……貴方はご存知ないかもしれませんが、作家というのは邪魔をされたい生き物なんですよ。作家や漫画家はどうして猫を飼うのか、そう、邪魔をされたいからです。それに邪魔をされることで気持ちに緩急をつけながら原稿を仕上げることに至上の喜びを見出だす作家は良いものを書くと編集部でも有名な話。つまり貴方が仮に小生の邪魔をしたとしてもそれは何ら問題がない、寧ろ貴方は邪魔をするべきとすら言えるのではないのでしょうか」
「そ、そうだったのかー」
取り敢えず寝てほしくないことだけはよく分かった。作業する本人が困らないならいいだろう、対面式であるけどサギョイプというやつだ。
「んじゃあ……聞き流してよくて長々話してられるテーマということで、手帳会議とノート会議を喋りながらやりますね。そしてガチで眠くなったら寝ます」
よいしょーと私も手元にノートパッドを広げる。すると、レモンですよと先生から苺味の飴を渡された。根に持たれている。
それから結局朝方まで先生の修羅場と私の会議は続き、二人で午後までぐっすり寝たのだった。